当初は三内丸山遺跡に行く予定でしたが訪問地での滞在が長くなったのと、移動距離があまりにも長いのであえなく断念。
青森県の県庁所在地「青森」にやって来ました。
陸奥湾に浮かぶ一隻の巨大な船は青函トンネル完成まで、本州と北海道を結んだ青函連絡船「八甲田丸」。
今から青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸に向かいますが、乗船後デジカメのメモリーカードがずれたので一部は割愛してご案内します💦
乗船口のフロアには写真や人形を使って青函連絡船の歴史を紹介。
ここが巨大な八甲田丸のブリッジ(操舵室)は広々として、視界も広くこれでよく接岸できるなと感心。
ある意味八甲田丸の心臓部「無線通信室」、アナログ時代の計器が整然と並んでいます。
八甲田丸で一番のお偉さんのお部屋「船長室」。
ソファに大きなベッドと優雅な空間、さぞいい夢が見れたでしょう。
一方客室の中で最も上のグレード「寝台室」。
展示されている寝台室は4人部屋、プライバシーはともかくゆっくり休める空間です。
寝台室の次のグレード「グリーン車」はフットレスト付きでリクライニング角度もフルフラットに近く、座席間の距離もありこれなら約4時間の船旅も快適に過ごせます。
そのグリーン車では『青函連絡船 ─栄光の軌跡─』のビデオが上映。
ただ上映時間は2時間と普通の映画並み、とても気軽に見れるフィルムではありません。
船内に4本の線路が引かれている車両甲板、その当時客車はなく貨物のみの輸送。
本州では特急はつかり・北海道では特急おおざぞら等にに運用された、現役当時は安全上の都合で連絡船に搭載不可だったキハ82系。
貨物車など人々の暮らしを支えた車両や、非電化の北海道を疾走したディーゼル機関車の姿も。
この線路が本州と北海道の物資を運んでいた甲板、今でもその息遣いが聞こえそうです。
車両甲板のもう一階下にある八甲田丸の機関室、普段見れない歴史遺産に触れられるのは貴重な体験。
そのすぐそばにあるこの無線通信室は航行の要であるエンジンルームを管理、一隻の連絡船には多くの乗務員が結束していたのが分かります。
船の煙突に入る機会もありませんが、ここでは可能。
遠めからはシンボリックな煙突ですが、その中身は無機質な機械が並びます。
青函連絡船本体を隈なく見学出来当時の生活様式も知ることが出来る資料、関西人には想像できない北の風習に日本の大きさを実感。
当時の乗船名簿に切符などマニアを含めて興味を引かれる資料の数々、一度も乗船するチャンスはありませんでしたが本州と北海道の大動脈は現在でも多くの夢を乗せその誇らしい雄姿は津軽海峡の安全を見つめています🚢