大阪・十三 焼肉の請来軒 ブログ


大阪・十三 焼肉の請来軒のブログです。

みなさまのご来店、楽しみにお待ちしております。

ご予約・お取り置きはブログでの受付はできませんので、あらかじめご了承ください。

パンダと並ぶ南紀白浜のランドマーク海鮮マーケット「とれとれ市場」、大阪に戻る前最後の立ち寄り場所です。

入口左横にあるBBQコーナーは、とれとれ市場内で販売している新鮮な魚介類・肉・野菜を持ち込むシステム。

広大な館内に所狭しと並ぶ海鮮は圧巻の風景🐟

喰えるものなら喰ってみなのオーラを放つ伊勢エビ🦐

大ぶりで甘そうな帆立貝に魚介やソーセージ、すでに串うちされていますが・・・

これらは先程のBBQコーナーで楽しむことが出来ます。

丼も豊富で晩御飯に重宝しそう。

鮮魚も刺身に捌いてくれます。

周参見が特に有名な鰹。

でも南紀と言えばやっぱりマグロですよね。

海鮮以外の品も充実で、こちらは和歌山名産湯浅醬油。

金山寺味噌も和歌山の名品です。

🍊🍊🍊

アイスクリームにピザと老若男女問わず楽しめるお店が並びます。

10月半ばなのにまだまだ暑いので着地点は湯浅醬油🍦
20年以上前から何も変わらない南紀白浜、次来るとしてもやはり目的はこんちゃんになるのかな💦

(緊急告知)
1月18日土曜日は先週と打って変わって夜のご予約は・・・

皆様のご慈悲伏してお願いします💦


メイン道路から車一台がやっと通れる急坂を上がると、そこには一軒の民家が。

相方が見つけたのはこちらうなぎ専門店「やまのうち」さん。。

立派な大広間の純和風な設え、窓の景色も楽しみながらのうなぎタイム。

お品書きはメインのうな重に白焼きと蒲焼、アテになる肝焼きや骨せんべいなどの一品料理にドリンクも充実。

のどかな風景をボーっと眺めてると、注文してから約30分で着丼。

こちらがお店自慢の鰻重、肝吸いに苦手な奈良漬けが付いてます。

江戸焼きと呼ばれる関東風のふわっとしたうなぎ、上質な脂をまとって風味も良し。

特筆すべきは甘くなく鰻を邪魔しないタレ、ごはんと鰻の見事な橋渡し役です。

お口直しは身が入ったうなぎ真丈。

ピリッとした山椒で味覚をリフレッシュ。

お酒と一緒ならさらに美味しかったであろう肝焼き。

古座川の伏流水で育ったうなぎは、捌く直前まで飲料可能な湧き水が流れる水槽で休ませる。
こだわりに職人の技が詰まったやまのうちさん、白浜で思いがけない素晴らしいお店に出会いました😊


おはようございます。
白浜滞在二日目も快晴のスタート、それにしても10月半ばで気温27度とは異常ですよね💦

こちらはランドマーク白良浜⛱

立ち寄ったのは漁師直営海鮮市場「フィッシャーマンズ・ワーフ白浜」。
飲食店やお土産屋さんにマリンスポーツなどの複合施設。

水槽には気持ちよく泳ぐ美味しそうなお魚が🐟

やはり海鮮丼が人気みたいです。

この天気ならテラスでBBQに🍺なんて最高でしょうね。

ここでウナギを食べて帰ろうと思ってましたが食指が動かず。

このレトロな建物は白浜の海水浴場近くにる公衆浴場「牟婁の湯」、公共浴場が多いのも白浜の魅力♨

この後思いがけないグルメが待ってました。


宿から外套の少ない暗い道を歩くこと15分、今から飲むので車はNGだしタクシーもほとんどいません。

お邪魔したのは「焼きそばこんちゃん」さん、なぜ白浜まで来て焼きそばなのかは後程。

お好みや焼きそばが中心も、鉄板で作る一品料理のメニューも豊富。

こちらのビールは嬉しいことにキリンで一番搾りで🍻
ただ生中が500円で生大が580円とビール好きにはたまらないプライス、男は黙って「生大」🍺

ファーストオーダーは3品キムチ焼き(豚、いか、えび)

プリプリな身のエビとイカにキムチの酸味が加わり、またマヨネーズが全体の味を引き締まます🦐

ハキハキして元気な弱冠30過ぎ若き店主は、大阪の桜川にあるお好み焼き屋さんで修業されたの事。

続いては貝柱塩焼き。

ソース料理の合間に箸休め的な、塩焼きで甘みが増した帆立貝。

魚貝に合わすのはやはり日本酒、地元和歌山の辛口「黒牛」は相性抜群🍶

噛めば旨味がほとばしるすじこん炒め。

メインは「こんちゃんの卵スペシャル玉」。

出汁の効いた生地に特製ソースと黄身のコク、これこそ店主渾身の一枚。
鉄板をフルに活用した料理はどれも🍺にピッタシ。

今年10年ぶりに車を同じディーラー買い替えましたが、車検証にあった当時の担当者の名刺を見たスタッフが一言。
「彼は今白浜で飲食してますよ」、それならと慣らし運転を兼ねての白浜旅行になりました🚙

入店するなり「うわ~びっくりした、請来軒さん」と即バレ、店主のこんちゃんはその当時21才で私の車が4台目の販売だったとか。
契約内容や乗ってた自転車の色まで記憶、請来軒にも食べに来てくれた時を思えばまさか彼の料理を食べる日が来るなんて😲

白浜にお越しの際魚に飽きたら、素敵なお店なのでぜひお立ち寄りくださいね。

がんばれ~、紀州のこんちゃん😄


今回宿泊するのは南紀白浜の大江戸温泉物語「Premium 白浜彩朝楽」、食事なしの一番安い部屋を予約。

チェックインは対人、チェックアウトは機械精算。

ファミリーがターゲットなのか、奥にはボールプールにトランポリンのキッズルーム。

ここは以前「ホテル古賀の井」だった建物をリニューアル、増築で館内が迷路みたいに複雑。

通されたのは3114号室はフロントから一階上がり、渡り廊下を通ってまた階段を下がります。

古さを感じる無機質な室内。

今回は夕食(外食)場所の関係でこちらに投宿、ただ素泊まりで一人10000円・・・

その昔添乗員やバス乗務員の部屋だったのか窓は目張りがしてあり、とてもじゃないですがのんびりと過ごせる雰囲気ではありません。

ここは寝る場所だと割り切り、今からこのために白浜に来たというお店に向かいます。


 奇岩ゴロゴロ 奇絶峡

  2025年01月13日 (月)

紀伊田辺最後の観光は駅から車で15分、田辺市の会津川の上流にある「奇絶峡」。

川辺には巨岩や奇岩がいたるところに点在。

なかなかスリルのある赤い橋を渡ると・・・

少々迫力に欠けますがこれが不動の滝。

滝の流れる音だけで辺りは静寂に包まれています。

もう一つの見所へ向かいますが、舗装もされていないかなり険しい道のり。

不動滝から登山道を進むと巨大な一枚岩(高さ16m、幅22m)に刻まれた「磨崖三尊大石仏」のお姿が。

四季折々の表情を見せる渓谷美「奇絶峡」、自然や歴史ロマンにあふれた紀伊田辺観光でした。


紀伊田辺のメインストリート「田辺大通り」。

宮路通りに入ると正面に巨大な鳥居が⛩

弁慶の父、熊野別当湛増が源平合戦の折に、どちらに味方するか紅白の鶏を闘わせたという「鬪雞神社(とうけいじんじゃ)」。
弁慶ゆかりの社宝が納められています。

本殿を含む社殿6棟が「熊野本宮大社」(和歌山県田辺市)と同じ姿で並んでいます。

「西殿」「本殿」「上殿」「中殿」「下殿」「八百萬殿」の順に配置されており、これを「熊野十二社造」と呼んでいます。
熊野本宮大社と同じように社殿の前には板塀があるため、各社正面から撮ることは出来ず斜めからの撮影📸

これは「湛増・弁慶の像」で鬪雞神社の名は平家物語壇ノ浦合戦の鶏合せの故事に由来します。

源氏と平氏の双方より熊野水軍の援軍を要請された武蔵坊弁慶の父であると伝えられる熊野別当・湛増(たんぞう)が、どちらに味方をするかの神意を確認するため、神社本殿の前で赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせました。すると、ことごとく白(源氏)の鶏が勝利したため、源氏に加勢することを決め、熊野水軍200隻を出陣させました。熊野水軍の加勢が合戦の勝敗に結びついたともいわれます。

出生地については諸説ある武蔵坊弁慶ですがもっとも有力な説として、熊野三山の別当・湛増の子と言われています。
田辺市内には誕生にまつわる産湯の井戸、産湯の釜、腰掛石など数多くの遺跡や遺物が残されています。

軸部の技法的特徴や細部意匠に地方的特色を備えており,紀南地方における近世社寺建築の展開を知る事が出来る「鬪雞神社」。

社殿は熊野本宮大社が川の増水で流失する以前と同じ配置をしており、熊野信仰の歴史をいまに伝える貴重な場所です。


 紀伊田辺 街なか歴史散策

  2025年01月11日 (土)

紀伊田辺市街地には道標が残っています。

蟻通神社からしばらくすると商店街に、そこにある呉服屋さんの前にあるのが「道分け石」。

熊野古道の標識で大辺路・中辺路の分岐点であった、古の田辺を感じさせます。

道分け石を通り過ぎ、北新町商店街を進んでいきます。

その陶器屋さんの店先にあるのが「本町道標」。

この通りは通称かまぼこ通りと呼ばる福路町。
道の両側に、田辺名物の「南蛮焼(なんばやき)・牛蒡巻(ごぼうまき)」の看板がある蒲鉾屋さんが数軒立ち並んでいます。

歴史を感じる看板が続きますが、もちろん今でも営業されいるお店もあります。

こちらが新鮮なエソやグチをすりみにした焼き蒲鉾「南蛮焼」。

一方こちらは魚をおろす時に魚皮は別にとって置き柔らかく茹でた牛蒡をすり身で繋ぎ原型を作り、その魚皮を巻いてじっくり焼いて醤油タレにつけた「ごぼう巻」。

どの町にも銀座ってあるんですね。

続いて訪れたのは地元の人に大切にされている小さな神社「八坂神社」⛩

義経記や弁慶物語などを基に伝説として語られることが多い「武蔵坊弁慶」、実態は明らかではありませんが、田辺は弁慶生誕の地として有力視されています。
その弁慶が子供の頃に腰を掛けてへこんだと伝わる弁慶の腰掛石。

田辺城は錦水城(きんすいじょう)ともいわれ元和5年(1619年)築城された平城で内堀と外堀が掘られていましたが明治初年に廃城となり城郭は解体されました🏰

現在は会津川に面した水門跡がわずかに昔の面影を残しています。

こちらが穏やかな流れの会津川。

一番楽しみにしていた南方熊楠記念館はまさかの休館、祝日に休むのはどうかと思うんですが😢

世界的博物学者の南方熊楠は日本における博物学、宗教学、民俗学のパイオニア。
とくに菌類・変形菌類の分野では代表的な研究者でした。

また同じ田辺出身で偉人として語り継がれるのが、合気道の創始者植芝盛平像。

ここまですべて徒歩移動、最後に田辺にある世界遺産に向かいます。


 日本第一知恵の神 蟻通神社

  2025年01月10日 (金)

JR紀伊田辺駅にやって来ました。
今回車を買い替えたので、慣らし運転を兼ねて和歌山へのドライブ旅🚙

タクシー乗り場にビジネスホテル、お土産屋さんと駅前ロータリーには昭和時代の面影が今なお色濃く残っています。

街歩きのヒントを求めて隣接する観光案内所へ。

もちろんここ紀伊田辺でもお約束の一枚📸

人影がまばらなのに異常に目につくインバウンド客、聞くとこによるとここ紀伊田辺から高野山までバスが出ているそう🚌
時刻表を見れば所要時間4時間😲、日本人ならまず選ばないアクセス方法です。

そんなインバウンド客を尻目に訪れたのは駅から徒歩10分、とても面白い逸話が残っている「蟻通神社」⛩

平安朝の歌人紀貫之公が馬に乗ったまま当宮の前を通りすぎようとしたとき、馬が神社前で動けなくなってしまいました。そこで、貫之公が蟻通しの神さまに和歌を献詠すると、馬は再び立ち上がることができたと伝わる「神馬」🐎

境内にそびえ立つ見事な蟻通神社最大の御神木「霊樟(れいしょう)」。
その昔大火のときに境内の楠の大木が水を吹き、近辺の家々を守ったとの言い伝えがある日本最古のスプリンクラーかな?

江戸時代初期の元和元年(1615)調製と伝わる神輿。

めっちゃ長いですが、由来を是非読んで下さい✋

はるか昔、ここ紀州田辺に外国の使者がやってきました。その使者は、
「今から出す問題を解いてみよ。もし解けなければ日本国を属国にしてしまう。」
といいました。そして、持ってきたホラ貝(七曲りの玉とも)を出して、その貝に一本の糸を通すことを命じました。
わが国の神々は、この難問にたいへん頭を痛めました。その時、ひとりの若い神さまが前に進みでて、
「私がホラ貝にその糸を通してみせましょう。」
といって、貝の口からどんどん蜜(みつ)を流しこみました。蜜は貝のなかの複雑な穴を通りぬけて、貝尻の穴へと流れだしました。そして、この若い神さまは蟻を一匹捕らえて糸で結び、貝の穴から追いこみました。すると、蟻は甘い蜜を追って複雑な穴を苦もなく通りぬけました。蟻の体には糸が結ばれていますから、ホラ貝には完全に糸が通ったのです。
これを見た外国の使者は
「日の本の国は、やはり神国である。」
と恐れ、その知恵に感服して逃げ帰りました。日本の神々は、たいそう喜んで
「わが国にこれほどの賢い神がいるのを知らなかった。」
といって、その若い神さまの知恵をほめました。

神話なのでその真実を突っ込むのは野暮、それより小さい敷地に見所がギュッと詰まった蟻通神社でした。


さあお腹が減ったので昼食へ、お邪魔したの紀伊田辺の「廻鮮 心鮨」さん。

大手回転すし屋さんが立ち並ぶ中、地元民に愛されるワンランク上の回転すし屋さん🍣

お得な三種盛りに握りや巻物、麺類や揚げ物などバラエティーに富んだメニュー。

コリコリ食感のつぶ貝。

甘みの強い活〆の🦑

相方大好き🦐🦐

鯵・鯖・太刀魚の光物三兄弟🍡

活けエビの甘い身は相方、私はアタマ担当💦

マグロの赤身にとろろ、アクセントに茎ワサビと意外な組み合わせ。

安定の脂乗りサーモン、ここまでは普通の回転すし屋さんと変わりませんが・・・

圧巻だったのは廻鮮 心鮨さん名物「鯛天茶(ハーフサイズ)」。

梅肉をしのばせた鯛の細巻きを天ぷらにして、潮汁(魚のアラで取った出汁)を張ってお茶漬け風に。
鯛の旨味、梅肉の酸味、海苔の磯の香り、それを見事に包み込む出汁と初体験のお味。

残り一貫を潰しておじや風に、これを目当てに来ても損はしない絶品。

地元家族が和気あいあい食事を楽しむ「廻鮮 心鮨」さん、チェーン店にはない温かい雰囲気のお寿司屋さんでした。


請来軒   大阪市淀川区十三本町1−2−6     電話:06−6390−1739
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